胸いっぱいの愛

 今日は、聖バレンタインデーです!

 一年に一度、女のコから愛を告白できちゃうステキな日。恋するオトメにとっては、クリスマスとおんなじくらい貴重なイベントよね。
 もちろん、あたしは……てへへ♡ 大好きなにぃちゃんに、甘ぁーいチョコレートをプレゼントしてあげるの。きっと、カッコイイにぃちゃんのことだから他の女のコからも貰うだろうけど、あたしがとびっきりの手作りチョコをプレゼントしてびっくりさせてあげるんだから!

 あたしは学校から帰って来ると、さっそくキッチンに向かいました。買ってきた材料と手作りチョコの本を並べて、……そうそう、音楽も忘れちゃダメ。部屋から持ってきたラジカセにスイッチを入れて、お料理開始!

「Tonight is like a magic tune〜♪」

 うふふ♡ このチョコを渡したら、にぃちゃんはどんなお顔をしてくれるかなぁ……。

 でも……ね、日ごろからお料理なんてやらないあたしが、都合のいい時だけ頑張ったってそう簡単に上手くいくわけがなくって……。湯煎したチョコを型に流すのはいいんだけど、その上に重ねるクリームとかトッピングとかでどうしても失敗しちゃうの。
 これが、何度も何度もやり直してるのに……全然出来なくって……。
 キッチンには甘いチョコレートの香りがふわふわと漂ってとてもおいしそうなのに、あたしの気持ちは沈む一方。

 夕食の時間を過ぎても作れないあたしを見かねたお母さんが、「手伝ってあげようか?」って言ってくれたんだけど……、ううん、これだけは絶対ダメ! あたしが一人でやらなくっちゃ意味がないの。
 ……そう言って断ったんだけど、やっぱり悪戦苦闘。
 やっと、見られる形になったころには、十一時を回っちゃってた。ああん、もう! 急がないと十五日になっちゃうよ!
 あたしは急いでチョコをラッピングすると、にぃちゃんの家へ走りました。真冬の夜風は冷たいけど、にぃちゃんを想う気持ちがあればこんなのなんでもないの♡

「うふふ♡ にぃちゃん喜んでくれるかなぁ……」

 あたしが息を弾ませながら通りを進んでいると、反対側から女のコがとぼとぼと歩いて来た。
 あたしよりずっと年下っぽいその子は、大きな瞳に大粒の涙をたたえて泣いていたの。こんな時間に、こんな暗い道でどうしたんだろう……?
 にぃちゃんに届けるチョコも気になってたけど、その子も心配になったあたしは話しかけてみたの。こんな時間にどうしたの、って。
 そしたら、その子はかわいい顔をくしゃくしゃにしてこう言ったの。
「大好きな男のコにあげるつもりだったチョコを……渡しに行こうと思ったの……でも、その途中で……」
 その子が言うには、通りを歩いていたら道にうずくまっている子犬がいたらしいの。どう見ても捨て犬にしか見えないその子犬はすっごく寂しそうで……、それでいてお腹が減ってるみたいだった。
 女のコはその子がだんだん可哀想に思えてきて、とうとう男のコのために作ったチョコをあげちゃったんだって!
 子犬は、それを嬉しそうに食べて元気になってくれたけど……でも、もう男のコにあげるチョコはなくなっちゃった……。この時間じゃ開いているお店はないし、もしあったとしてもチョコを買うお金なんて残ってない。
 こんな状態じゃ男のコに合わす顔もないし、仕方なく家に帰ろうとしていたところであたしと会ったみたいなの。

 ……話し終えたあとも、女のコの瞳からは涙が消えることはなかった。
 この子は、とっても優しい子なんだね……。もう二度と会わないかもしれない子犬のために、大事なチョコを食べさせてあげるなんて……。聞いてるうちに、あたしまで涙ぐんできちゃった。

 こんな優しい子が顔を哀しみでいっぱいにしているなんて、そんなの絶対間違ってるよ!
 だから、あたし決めたの。
「それなら、これを持っていって……」
 そう言うと、あたしはにぃちゃんのために用意したチョコを女のコに差し出しました。
 彼女はぽかんとしていたけど、あたしは自分からチョコを握らせると、
「優しい女のコに、お姉さんからバレンタインデーのプレゼントよ♡」
 そう言ってウインクしてあげた。
 最初は半信半疑だった女のコも、次第に笑顔になって「ありがとう」って言ってくれた。それは、普通の……可愛い女のコの笑顔だった。
 あたしは、元気を取り戻して走り去る彼女の後ろ姿を見送ると、クルッてステップを踏んで歩き出した。……もちろん、にぃちゃんの家へ。

 キンコーン♪
 聞きなれたチャイムの音がしてドアがゆっくり開くと、あたしの大好きな人が現れた。
「てへへ……にぃちゃん、やっほ♡」
「秋那ぁ!? どうしたんだ、こんな時間に!?」
「あのね、今日はバレンタインでしょ? だから、ね……あたし……あたし……にぃちゃんのために……さ……」
 その後は声にならなかった。
 あたしはにぃちゃんの胸に飛び込むと、小さな声で……泣いちゃったの。

 事情を説明すると、にぃちゃんは優しくあたしの髪を撫でてくれた。
 いつもだったらそんなにぃちゃんに甘えちゃうんだけど……、この時ばかりはあたしの心がすっきりと晴れることはなかったの。……ううん、女のコにチョコをあげたのは後悔してない。ただ、チョコを渡した時のにぃちゃんの喜ぶ顔が……見たかったな……。

 そんなあたしを察したのか、にぃちゃんはこんな話をしてくれた。
 昔、結婚を禁じられていた時代に聖ヴァレンティヌスって人が恋人たちをこっそり結婚させてあげていたんだ。でも、そのことが皇帝にバレてとうとう処刑されちゃったんだよって。
 けれどその後、愛に殉じた聖ヴァレンティヌスを祝して贈り物をするようになった……それが、今のバレンタインデーの始まり。
「秋那は、そのちっちゃい恋人たちの仲を取り持ったんだ。だから秋那がしたことは、聖ヴァレンティヌスと同じくらいステキなことなんだよ」
 にぃちゃんは、そう言ってあたしを励ましてくれた。
「それに、今年がダメでもまた来年があるじゃないか」

 ……にぃちゃんの言葉は魔法だ。
 くすんでいたあたしの心を、チョコレートのように甘く溶かしてくれるステキな魔法♡
 うん、そうだよね。……そうだった。
 あたしは、にぃちゃんのセーターにギュッて捕まると、静かにうなずいた。
 今年はダメになっちゃったけど、そのぶん来年はがんばるから!
 来年だけじゃない。再来年も、そのまた来年も……。
 そう……これからもずーっとね♡

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