やさしく歌って

 あの日……あの時から……あたしは、一体どれだけの歌を……歌ってきたんだろう……。

 今日は、珍しく1日中予定もなかったので……朝から部屋の模様替えをしていました。
 普段から、なるべく片付けるようには心がけてるんだけど、なにぶん、物が多すぎるのよね……。
 部屋にはギターとかベースとか……楽器があちこちに置いてあるし、音楽関係の雑誌も捨てられずにベッド脇でたまってるし……。オーディオ関係の配線が床を這ってるから、足元見てないと転んじゃうし……あー、今あたしが足で踏んでるのは、昨日書いたギターのスコアだよ!
 ……こんな部屋の惨状を見たお母さんからは、「とても女の子の部屋とは思えないわよね……」なんて言われちゃうし。

 あーあ……これじゃ、女の子の面目丸つぶれよね。さすがに、自分でもちょっとまずいと思えてきたよ……。
 こんな部屋じゃ、にぃちゃんをお招きするのも気が引けちゃうなぁ。にぃちゃんも女の子らしい可愛い部屋の方が好きだろうから、ここは張り切って大改造をしちゃべきだよね! ……と、一大決心をしたわけなの。
 でも……それは良かったんだけど……。

 よくよく考えたら、この部屋って……にぃちゃんとの想い出がいっぱい詰まっているんだよね……。

 このバンドスコアは、あたしがにぃちゃんの為に書いた曲の一部だし……この雑誌は、にぃちゃんとデートした時に、おねだりして買ってもらった物……。こっちのシンセサイザーは、にぃちゃんとあたしで半分ずつお金を出し合って買ったものなのよね。……結局は、あたししか使ってないんだけど……あはは……♡

 そんなこんなを考えていたら、どれもみんなあたしにとって大事なもので、押入れに仕舞ったり捨てたりなんてできっこない……って、思えてきちゃって……。だって……にぃちゃんとの想い出は、いつでも手に取れる近さに置いておきたいじゃない?

 でもね、あたしが一番そばに置いておきたいのは……この古びたミニギターなの……。……あっ、もちろん大好きなにぃちゃんの写真はいつも持ち歩いてるから、ホントはそれが一番なのかもしれないけど、あたしにとってこのミニギターは、他のどんな楽器より大事なものなんだ……♡
 そう……このギターは、まだあたしがほんの子供だった頃に、にぃちゃんがプレゼントしてくれた……大事なギターだから……。

 あたしは、小さいころから歌が大好きで、言葉を覚え始めた時にはもうにぃちゃんの歌にあわせて、自分も声を張り上げていたの。もちろん、言葉なんてゼンゼンわかってないころだから、みんなには奇声を上げているようにしか聞こえなかったみたいだけど、その時から「この子は将来、アイドルにでもなるのかな」なんて言われてたんだって。あたしはゼンゼン覚えてないんだけどね。……てへへ♡

 そんなあたしが、街の合唱団で歌えるくらいに上達した頃……にぃちゃんの部屋からキレイなストリングスの音色が聞こえてきたの。
 あたしはなんだろうって思って……にぃちゃんの部屋を興味シンシンで覗いたんだけど、その音はにぃちゃんが弾いているミニギターの音だったんだ。
 あたしは、ギターなんて見るの初めてだったし、そういうのは大人の人しか弾けないものだって思ってたから、にぃちゃんがギターを演奏しているのを見て、びっくりしちゃった♡
 もちろん、その頃はにぃちゃんも小さかったから、初めての楽器に悪戦苦闘していたんだろうけど、そんな風には見えなくて……あたしは、にぃちゃんが弾くギターの音色にずっと魅入られてたの♡
 でも、あたしはあたしよね。
 にぃちゃんがギターを弾いているのを見たら、自分もやりたくなっちゃって……、

「わー、にぃちゃんすごーい。あきなにもやらせてー♡」

 って言って……にぃちゃんがまだ弾いている最中なのに、ぴょーんて抱きついちゃったんだよね……♡
 にぃちゃんは苦笑しながら、「秋那にはまだ無理だよ」って言ったのに、あたしは全く聞こうとしなくって……にぃちゃんは散々困った挙句、あたしにギターを貸しちゃう羽目になったの。てへへ……。
 あたしは初めての楽器が嬉しくって、はしゃぐように弦をかき鳴らしちゃったんだけど……うふふ、今にして思えば、ホントにお子様だったよね……あんな弾き方じゃ、音って言うよりただの雑音だった。


 でも、にぃちゃんは……そんなあたしを楽しそうに見つめてくれたのよ……♡

 にぃちゃんがあんまり楽しそうにしてくれるから、あたしも嬉しくて……ついつい調子に乗って弾いてたんだけど、さすがに弾き方が荒かったのかな……。
 突然、弦がピーンッて音と共に切れちゃったの。
 あっ……と思った時には、弾けた弦で指を切っちゃって……実際は、ほんのちょっと血が出たくらいだったんだけど……びっくりしたあたしは、ギターを抱えたまま泣き出しちゃったんだよね……。

 にぃちゃんは、急に泣き出したあたしを見て、最初は慌てたみたいだったけど、すぐに事情を察すると、

「秋那、指を貸してごらん」

 て言って……あたしの傷ついた指に……チュって口付けをしてくれたの♡
 あたしはもう……それが嬉しくって、痛いのなんかどこかへ消えちゃったみたいに、にぃちゃんに飛びついちゃった……♡

 それから……にぃちゃんが新しく張ってくれた弦で、またギターを弾き始めたの。本当に現金だよね、あたしって。あんなにワンワン泣いてたのに。
 でも今度はね、にぃちゃんが、「今度は僕が、秋那に弾き方を教えてあげるよ」って言ってくれたから……あたしはそれからずーっと飽きるまで、にぃちゃんのお膝の上に乗ってギターを引き続けていたんだ……♡
 にぃちゃんのお膝の上に座っていると、まるで抱きしめられてるみたいで……とても気持ちよく弾けたのよね……♡
 あの時のあたしは……とても幸せな女の子だった。

 そんなあたしを見ていたにぃちゃんは、ふと、
「そんなにギターが気に入ったんなら、秋那にあげるよ」
 って、言ってくれたの♡
 それを聞いたあたしは、目をランランと輝かせて、
「にぃちゃん、ほんと? あきなね、あきなね……にぃちゃんのために、いっぱいギターがひきたいの♡ にぃちゃんがよろこんでくれるようなお歌をいっぱいひきたいの♡」
 なぁーんて、力説したんだよね。
 でも、その気持ちは……あの頃から今でもゼンゼン変わっていないんだ……。

 あれから……もう何年もの月日が経っちゃったけど……今でもこのミニギターは、あたしの宝物になっているの。
 弦はあの時のまま……にぃちゃんが張ってくれたあの弦が、今でもこのギターの音色を奏でてる……。古くて……弾くとビヨーンて間延びした音しかしなくなっちゃったけど……このギターは、あたしとにぃちゃんを繋ぐ大事な想い出……♡

 てへへ……にぃちゃん、やっぱり部屋の模様替えはやめにします。
 だって、いつかにぃちゃんとこの部屋で、あの日の想い出を一緒に語り合いたいから。
 ねぇ……にぃちゃん。にぃちゃんは覚えていますか……?
 にぃちゃんのことが大好きな女の子が、にぃちゃんの為にギターを弾き始めた……その理由を……。
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