恋の切れ味

 ふぅー……。
 実を言うと、あたし……昔から悩んでることがあるのよねぇ……。

 この間、学校の授業で家庭科の実習があったの。あたし、家庭科の授業
はあんまり得意じゃなくて……お裁縫を始めれば自分の手を縫っちゃうし
……エンゲル係数とかわけわからない数字も頭がこんがらがっちゃうから、
正直言って好きじゃないんだ……。

 お母さんからは、いつも「女の子なのに困ったわねぇ」なぁーんて、苦
笑いされちゃうくらいなの。
 そ……それは、あたしだってにぃちゃんの為に、手編みのセーターとか
編んであげたいし、少しは家庭的なところも見せたいから過去に何度も挑
戦してはみたけど……結果は惨敗……。こればっかりは……なかなか上手
く行かないのよ……ねぇ?

 

 まぁ……そんなこんなで、家庭科の授業はあたしにとってまさに鬼門…
…。こんな授業なかったらいいのに……って、何度思ったことか……。ふ
ぅー……。
 にぃちゃんは、こんな女の子はキライ……かなぁ……。

 あ、でもね、おんなじ家庭科の授業でも調理の実習は大好き!
 だって、みんながやっているのを横で手伝っていればいいし、それにな
んと言っても、最後にはおいしいお菓子やご飯が食べられるもんね♡ 作
る方はやっぱり……ダメなんだけど……。てへへ……♡

 それで、その日の家庭科も調理の実習で、クッキーを作ることになった
の。あたしと同じ班には、サオリちゃんていう料理のすっごく上手な子が
いて、材料選びからレシピまで自分で考えてくれるんだ……♡ お料理教
室に通っていることもあって、とっても頼りになる子なの。

 

 そのサオリちゃんと、一緒にクッキー作りに挑戦していたんだけど、そ
こであたしは閃いちゃった。そうよ。料理の達人から教われば、きっとあ
たしの料理下手も治るはずよね……!
 そして、にぃちゃんにステキな料理を食べさせて「やっぱり、お嫁さん
にするなら秋那だな」って言わせちゃうの! きゃはっ……♡

 思い立ったら吉日……とばかりに、あたしはサオリちゃんに頼んでみた
の。今度、お料理が上手になる方法を教えてっ……て。
 そしたら、彼女は顔を俯き加減にして……、
「秋那ちゃんは……今のままでいいと思うよ……。だ、だって……ギター
とか弾けて、男の子みたいでかっこいいし……♡」
 ……って、言ったの。

「お……男の子みたいぃーーーーっ!」

 

 あたしは、授業中なのに素っ頓狂な声を上げちゃいました……。そ、そ
りゃ……女のコでギター弾いたりするのは、ちょっと変とは言われてたけ
ど……ま、まさか男の子みたいだなんて……。
 もしかして……みんなあたしのことそう思ってるの……?
 ……うぅん、みんなはともかく、にぃちゃんまでそう思っていたとした
ら、あたし大ピンチだよ!

 あたしは、サオリちゃんが作ってくれた焼きたてのクッキーをぽりぽり
食べながら、真剣に悩みました。
 このままじゃダメよね! にぃちゃんに、少しは女のコらしいところを
見せておかなくちゃ、あたしの大事な人生設計が狂っちゃうもの!

 そういうわけで、次のお兄ちゃんの日、にぃちゃんを家に招待してアフ
タヌーン・ティをご馳走することにしました。
 にぃちゃんは、あたしがお茶を用意するって言ったら「何が出てくる

 

楽しみだね」なぁーんて言うのよ。もう、失礼しちゃう。ちゃーんと、サ
オリちゃんに作り方を教えてもらったんだから、絶対に大丈夫! にぃち
ゃんの舌がとろけるような、絶品のスイーツを作っちゃうんだから……♡

 ……でもね、お家にやって来たにぃちゃんの為に、あたしが玄関のドア
を開けてあげた途端、にぃちゃんはあたしを見て大笑いしたの。
 その時あたしが着ていた服は、フリフリのエプロンが付いた……いわゆ
るメイド服。
 え、だって……せめて形からって……思ったんだもん……。
 にぃちゃんは一応、「可愛いよ、秋那に似合ってる」なんて言ってくれ
たけど、まだ時々肩を震わせて笑ってる。
 ふーんだ、いいもーん。笑ってるにぃちゃんも、あたしのスイーツを食
べれば、イチコロなんだから♡

 にぃちゃんをリビングに置いて、あたしはキッチンへ!

 

 えーと……クッキーとシフォンケーキの生地は、下ごしらえしておいた
から、あとはこれをオーブンで焼いて……その間に紅茶を用意しなきゃ♡
 ……てへへ、にぃちゃんが好きな紅茶もすでにリサーチ済みだし、今日
はきっと完璧ね。

 オーブンのタイマーが進むたびに、なんだかいい匂いがしてきました…
…♡ お料理って、いろんな材料を適量に混ぜてひとつの形にするわけだ
けどそれって、何だかステキな音楽を奏でることに似てるね……♡ 音楽
も、いろんな音をキレイに混ぜなくちゃ、いい曲にならないもの。

 ……あっ、焼けたみたい♡

 よーし、早速にぃちゃんをメロメロにしちゃう、魔法のスイーツを試食
しちゃおうかな♡ ――パクッ。

 

 ……うっ、なんか……ボソボソするよ……。
 クッキーを見てみると、所々白いままのところがあるし……これって、
ちゃんと混ざってなかったのかなぁ……。シフォンケーキも、ふっくらと
膨らんでなくて……ぺっちゃんこのふにゃふにゃ……。
 えーん、どぉしてぇー! ちゃんとやったのにーっ。

「どうしたの、ずいぶん騒がしいけど……」

 ……あたしの泣いてる声が聞こえたのか……キッチンににぃちゃんが入
ってきました……。
 いや……それが、ちょっとした手違いがありまして……。

 にぃちゃんは、キッチンの惨状を見て事情を察したのか、クッキーをひ
ょいっと口の中に運ぶと、くすくすと笑ったの。

 

「これは、小麦粉をちゃんとふるいにかけなかったね」

 ……え、ふるい……? そ、そういえば忘れていたかも……。
 にぃちゃんは、あたしの手を取ると「いいよ、僕と一緒にやろう」って
言って、自分から準備に取り掛かっちゃった。
 あーん……あたしがにぃちゃんの為のお菓子を用意したかったのにぃー。

 でもね、にぃちゃんは、二人でやった方がきっとおいしいお菓子が出来
るよ、って言ってくれたの。あたしとしては……少々不満だけど、この際
仕方ないよね……。

 結局……、にぃちゃんと二人で作ることになったアフタヌーン・ティの
お菓子は、とってもおいしく出来ました……♡ にぃちゃんてば、本当に
何でもできちゃうのね♡ てへへ……また惚れ直しちゃったかも♡
 ……あ、そうそう。お菓子はダメだったけど、紅茶はちゃんと自分で淹

 


れたのよ? にぃちゃんは、今まで飲んだお茶の中で一番おいしいよって
言ってくれた♡ てへへ……照れちゃうな……。
 こうして、二人きりでにぃちゃんのそばに座りながらお茶を飲める機会
が、もっとあればよかったのに……。
 にぃちゃんは、そんなあたしの髪をくしゃって撫でると……、

「……また、お茶に誘ってくれるかな」

 ……だって♡ もう、にぃちゃんてば、ちゃんとわかってるんだから♡

 あたしは、ひょこっと立ち上がってスカートの裾をつまんで広げると、
恭しくお辞儀をして言ったの。

「紅茶をもう一杯いかがですか、ご主人様……♡」

 

BACK