愛はとまらない

 ……あたしは踵で小さくリズムを取りながら、ギターの弦を小刻みに爪弾いた。キューンっていう心地いい電子音がして、すーっと心に染み込んでくる……。
 うーん、今日のチューニングはばっちり!
 ……てへへ。今日はこれから、久しぶりに駅前の広場で曲を披露するつもりなの。上手くといいなぁ……♡

 あのね! あたしには、大好きなものが2つあるんだ。ひとつは、やっぱり音楽! 楽器を弾いたり歌を歌ったりすることが、子供の頃からずーっと好きだったの。みんなは、女の子なのにギターを弾いたり、英語の歌を歌ったりするのはヘンて言うんだけど、そうかなぁ……。クラスの女の子たちだって、吹奏楽とかやってる子がいるのにって思うんだけど、その子たちが言うにも、「秋那ちゃんのは、ちょっと違うね」ってことになっちゃうのよね……。
 でも、あたしは英語の歌をギターで演奏して歌うのが大好き♡

 

 リズムに合わせて踊るようにステップを踏むと、それだけでワクワクし
ちゃう……♡

 けど……ね。もうひとつ……大好きなものがあるの……。

 それは……あたしの大切なにぃちゃん♡
 普段は離れて暮らしていて、2ヶ月に1度の「お兄ちゃんの日」にしか
会えないんだけど……、あたしの知らないことは何でも知ってるし、スポ
ーツも出来て、走ったり泳いだりするのがとっても上手なの。あたしが勉
強でわからないところがあると、いつだって優しく教えてくれるし、頼り
になるにぃちゃんなんだ……♡
 それにね……にぃちゃんて自分では気づいてないみたいだけど、女の子
にも人気があってとってもカッコいいのよ♡ でも、あたしが、「にぃち
ゃんて俳優さんみたいよね」って言うと、いつも困ったような顔で笑うの。
にぃちゃんてば、自分のミリョクに気づいてないのかなぁ……。うぅん、

 

にぃちゃんてば意外と恥ずかしがり屋さんだから、きっと照れてるのよね。
……きゃは♡

 ……そうそう。こんなことしてられないんだった! 早く行かないと、
場所がなくなっちゃうよ!
 にぃちゃんのことを考えていると、ついつい時間が経っちゃうのよね…
…♡ てへへ……。

 あたしは時々、こういったお天気のいい日は、駅前の広場で演奏するこ
とにしているの。ここは、あたしの他にもいろんなジャンルの人たちが集
まって演奏している場所で、たまに本物のミュージシャン顔負けの人も来
ているから、あたしにとってはいい勉強になるのよ?
 今日は、どんな人が来てるかな……?

 ……あっ、あの人、頭の後ろでギター弾いてるよ! ……あっちでは、

 

チェロまで持ってきて弦楽四重奏やってる! きゃは、すごーい♡
 ……もう、にぃちゃんも一緒に来られればいいのにぃー。にぃちゃんて
ば、いつお誘いしてもなかなか付き合ってくれないのよね。……ぷんぷん。

 ……でも、今日は人も多くって、なかなかいい場所が取れないみたい。
うーん……にぃちゃんのことを考えてばっかりいたから、出遅れちゃった
かなぁ……?

 ……そうだ! いいこと考えちゃった……♡

 あたしは、噴水の近くで演奏の準備をしている人に声をかけると、「一
緒に演奏しませんか?」って、頼んじゃった。
 その人は、あたしよりずっと年上の女の人だったんだけど……いきなり
ギターを抱えた女のコが声をかけてきたから、びっくりしちゃったみたい。
 ……てへへ。普通、そうだよね。

 

 でも、今日はこんなにお天気がいいし……独りで演奏しているよりは、
2人でやる方がずっと楽しいと思うんだ。

 お姉さんは、ちょっと戸惑い気味だったんだけど……すぐに猫みたいな
笑顔になって、「いいよ、一緒にやろっか」って言ってくれたの。

 最初は、誰でも知ってるオーソドックスな曲でリズムを合わせて、少し
ずつお互いに知っている曲でセッションしました。
 うわー、お姉さん上手ぁーい……♡ うふふ……あたしだって負けてな
いんだから!

 ……2人で気持ちよく演奏していたら……そのうち周囲に人が集まって
きちゃった!
 はわわっ、あたしこんなの初めてだよ……!
 ……にぃちゃんが見ていたら、「今日の秋那、すっごくかっこいいよ」

 

なぁんて、言ってくれるかなぁ……。
 ……なんて、またにぃちゃんのことを考えていたら……、

 すってーーーーん!

 やぁーん! いったぁーい!

 あたしは、ギターからアンプへ延びてるコードに足をとられてコケちゃ
ったの……!
 集まっていたみんなは大笑いするし……あたしは痛いし……あー、ギタ
ーの弦まで切れちゃってる! うぅ、にぃちゃん……最悪だよぉ。
 お姉さんは優しく慰めてくれたけど……あたしはちょっぴり泣きたくな
っちゃいました……。

 ……その日の帰り道……あたしは少しユウウツな気分だった。

 


 失敗しちゃうことはこれまでもあったけど、今日のは最悪……。みんな
の前でコケちゃうなんて……。
 とぼとぼと歩いていると……いつも通っている楽器屋さんの前まで来ま
した。ショーウインドウには、きれいな楽器がいくつも飾ってあって……
いつもなら、この楽器屋さんで好きな楽器を眺めていくんだけど、今日は
そんな気分でもないし……。あたしはタメ息を一つついて、その場から離
れようとしました。でも……ちょうどその時、行く手を阻むみたいにお店
のドアが開いたの。そこから顔を覗かせたのは……、
「なんだ、秋那じゃないか」
 ……そう! あたしが世界一大好きなにぃちゃん!
 にぃちゃんはあたしを見つけると、嬉しそうに微笑んでくれたんだけど
……あたしはといえば、急なことでビックリしちゃって……もうドキドキ
しちゃったよ♡
 でもでも……にいちゃんがどうしてここに?
 そう思っていたら、にぃちゃんは持っていた紙袋をあたしに手渡してく

 

れました。
 これ……あたしに? なんだろう……?
 ……紙袋を覗き込んでみると、丁寧に包装された四角い包みが入ってい
ました。「開けてごらん」て言うにぃちゃんの声に促されて、包装紙を取
ると……これ、ギターの弦……?
 驚いた顔で見上げると、にぃちゃんは「いつも弦を切っちゃうって言っ
ていたろ。だから予備がいくつかあった方がいいかなって思ってさ。プレ
ゼントだよ」と言って……にっこり微笑んでくれたの。

 にぃちゃん……ちゃんと知っててくれたんだ。あたしのこと……。

 何にも言わないあたしのことを勘違いしたのか、にぃちゃんは申し訳な
さそうに、「ゴメン、迷惑だったかな?」って謙遜したけど、あたしは大
きく頭を振った。そんなことないよ……あたし……今すっごく嬉しいんだ
から……♡

 


 ……あたしは飛びつくみたいにして、にぃちゃんに抱きついちゃった♡
 にぃちゃんはちょっと困ったような顔をしたけど……それでもあたしの
髪を優しく撫でてくれたの……。

 ……ねぇ、にぃちゃん。
あたし……まだまだ失敗ばかりしちゃうけど、いつか絶対にぃちゃんに認
めてもらえるような曲を演奏できるようになるから……それまでずっと、
あたしのこと見守っててね……♡






 

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