小さな愛の願い

 リーンゴーン、リーンゴーン……。
 放課後を知らせる学校の鐘が……、鈍色の空に吸い込まれて行きます。
 あたしは、教室の窓から空を見上げて、何だか憂鬱な気分になっちゃった……。

 今日は、7月7日。……そう、七夕。天の川を挟んで、ずっと離れ離れになっていた織姫星と牽牛星が、唯一出会える特別な日……。
 それなのに……。

「はぁ……。いつになったら帰れるんだろ……」
 教室は、あたし以外に数人の子がいるだけで、みんな同じように憂鬱な顔してる……。だって仕方ないよね。なにせ、あたし達は目下、居残り勉強中なんだから……。
 他の子たちはみーんな帰っちゃって、きっと今ごろ家で七夕のお祝いとか……やってるんだろうなぁ……。
 まぁ、今日のテストで落第点を取っちゃったあたしが悪いんだけど……。

 あたし、勉強はそんなに嫌いじゃないし、大体は普通にできるのに……その……1つだけ、苦手な教科があるのよね……。
 それが、英語。
 ……そう。え・い・ご!
 外国の歌が大好きで、いつも英語の歌を歌ってるから、「秋那ちゃんは、きっと英語の成績がいいんだね」なんてみんなに言われるんだけど、……実はまったくの逆。文法とか、ぜーんぜんわかんないの。
 幸い、にぃちゃんにはこのことはバレてないみたいだけど……あたしが勉強の出来ないおバカさんだって知られたら、嫌われちゃう……かなぁ……。

 それにね、心配事はもう一つあるの……。
 今日の夕方から、街で七夕のお祭りがあるんだけど、昨日の夜にぃちゃんから電話がかかってきて、「明日、晴れていたら一緒にお祭りへ行こう」って、お誘いがあったの♡
 いつも、あたしがにぃちゃんを誘ってばかりいたから、電話を取った時にはびっくりしちゃった。……てへへ♡
 だから、今日は思いっきりにぃちゃんに甘えちゃおうー……って思ってたのに……。
 これじゃあ、約束の時間に間に合わないよぉ……。

 他の子たちを見てみると、やっぱりみんなお祭りのことが気になるのか……何だかそわそわしているみたい。

 ようやく先生が、「今日はここまで」って言ってくれた時には、日も暮れかかっていて、あたしは大急ぎで教室を飛び出しちゃった。その勢いがあまりにも凄かったから、みんなびっくりしてたみたい。
 ちょっとはしたなかったかな。てへへ……♡
 でも、大好きなにぃちゃんに逢えるせっかくのチャンスだもん。仕方ないよね♡
 ……さぁ、早く帰って着替えなきゃ♡
 今日の為に、とっておきの浴衣を用意してあるんだから。にぃちゃん、あたしの浴衣姿を見たら……どんな顔をするかなぁ。キャハッ……♡

 あたしが、にぃちゃんとのデートに想いを膨らませて、学校を出たとたん……。

 ザーーーーーー!

 それまで鈍色だった空から、いっせいに大きな雨粒が落ちてきたの。
「えぇー、こんな時にっ!」

 雨足は全然弱まる気配がなくて……その後もアスファルトを叩き続けていました。
 ……お祭りムードだった街の中も、道端に並んだ露店から美味しそうな匂いがしてくるだけで……浴衣を着たちっちゃい女のコや楽しげなカップルもいないし、街全体が濡れそぼってどこか寂しげでした……。
 あぁーあ、残念……。
 お祭りの中を、にぃちゃんと一緒に肩を並べて歩きたかったのになぁ……。これじゃ……きっと今日のデートは中止だよねぇ。ふぅ……。

 お家に帰ると、待っていたかのようににぃちゃんから電話がかかってきました……。いつもなら、受話器に飛びついて取っちゃうのに、今日はちょっぴり声を聞くのが……怖かったの。
 ……案の定、にぃちゃんからは、「今日のお祭りは、雨だからやめにしよう」って言われちゃいました……。
 あたしは、雨だっていいのにーって駄々をこねたんだけど、「それじゃ秋那が濡れて風邪を引いちゃうよ。だからお家で待ってて」って……優しくたしなめられちゃったの……。

 ぷぅ〜、もうつまんなぁーい!
 にぃちゃんとデートできれば、心がどんどん熱くなって雨に濡れても
風邪なんてぜーんぜん引かないのに……。
 ……でも、せっかくあたしを気遣ってくれたにぃちゃんの気持ちを台無しになんて出来ないよね。仕方ないから、今日はお家で大人しくしていることにします……。

 けど……部屋に入って音楽を聴いてもギターを弾いても、全然心が晴れなくてちょっぴり退屈だったんだよね……。本当なら、今頃にぃちゃんと……。はうぅぅ〜。

 そんな時ね、玄関のチャイムが鳴ったの。あたしが出て行くとそこに立っていたのは、あたしの大好きなにぃちゃん!
 え、でも、今日のデートは中止……って、あたしがきょとんとしていると、にぃちゃんは、
「秋那と二人で七夕をお祝いしようと思って来たんだ」
 ……って。
 あたしはもう嬉しくなって、思わずにぃちゃんに飛びついちゃったよ! これだから、にぃちゃんてだーい好き♡ キャハッ♡

 あたしの部屋に、にぃちゃんを案内すると、にぃちゃんはなぜか
「カーテンを閉めて、部屋の明かりを消してほしいんだ」
 ……って、言ってきたの。
 真っ暗な部屋の中で、にぃちゃんは何かゴソゴソやっていたんだけど、そのうちに「秋那、天井を見て」……って。
 あたしが言われたとおりに天井を見ると、そこには……、

 ……わぁ、キレーイ♡

 部屋の天井いっぱいに……綺麗な天の川がかかっていました。
 織姫星も牽牛星も、外の雨なんかウソのようにピカピカに光って……お互いに寄り添いあっていたのよ♡
 これは、家庭用のプラネタリウムなんだって、にぃちゃんは説明してくれました。
 うふふ、にぃちゃん……あたしお祭りに行くより、こうして二人で一緒に星を見られた方が、何倍もシアワセだったよ……♡


 二人でプラネタリウムを鑑賞した後、あたしはご自慢の浴衣に着替えて、お願い事を書くための短冊を用意しました♡
 あたしが短冊に筆を走らせようとしていると、横からにぃちゃんが、「秋那は、英語の成績が上がりますようにって書くのかな」……って。
 ……えー、にぃちゃん知ってたのっ!
 あたしが驚いたように見返すと、にぃちゃんは楽しげに笑っていました。……もぅ、イジワルなんだから♡
 でもね。もう、何を書くかは決めてあるの。
 あたしは、にぃちゃんの耳元にそっと寄ってつぶやきました。

「あたしのお願い事は、…………よ♡」

 そう言うと、にぃちゃんはお顔を真っ赤にして照れていました……。
 てへへ……。にぃちゃん、あたしの願い事……いつかきっと……叶えて……ね♡
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